仙台市に行ってまいりました

 3月27日~28日の一泊二日、仙台市に住む友人の支援に行ってまいりました。

 千葉で飲食店を営む友人がお米を調達してくれたので、私の方ではガソリンを地元で調達し、20リッターの携行缶4本に入れて駆けつけました。途中、東北自動車道のあちこちが波を打っていて、これが高速道路なのかと驚くばかりでした。ところどころ工事の跡もあり、大地震の凄まじさを感じました。

 

 仙台市に到着すると、高架の上で止まったままの状態の新幹線(写真)には驚きましたが、仙台駅付近や山側の街並みは、一見すると何事も無かったかの様でした。しかし、ガソリンスタンドには無人の自動車が長い行列を作っていたり、コンビニは閉まっていて貼り紙がしてあったりと、物資の届いていない様が目に飛び込んできて、心を痛めました。

 さらに、津波の被害が激しかった若林区に足を踏み入れると、どこまでもどこまでも生々しい爪痕が残っていました。至るところ瓦礫の山と化し、そこに家があったという形跡はかろうじて残っている基礎部分だけでした。ひとりの人間として、また、不動産を扱う仕事を生業とする者として、言い知れないショックを受けました。

 山中の友人の家に行くと、外見は何の被害も無いように見えましたが、あちこちの建具の立て付けが悪くなっていました。

 

 震災から一ヶ月を過ぎた今でも、福島第一原発事故の収束が見えてきません。また、大きな余震も続いています。今後、東日本の暮らしがどうなるかの鍵を握るこれらの諸問題が一日でも早く解決されることを願ってやみません。